Hackabilityとデザイン

前回の記事「Hackabilityとデザイン #01: ハッカビリティ=プロダクトの改変しやすさ」では、ハッカビリティとは何か、その定義について整理した。使う人が自らのニーズを満たすために既存のプロダクトに手を加えていくことを「ハック」と捉え、それが多くの人にとって関わりのある概念であることを紹介した。今回は、ハッカビリティがどんな価値をもたらしうるかということについて、掘り下げていく。

ハッカビリティがもたらす価値

ハッカビリティは、プロダクトを使う人に対してどんな価値をもたらすのか。これまでにさまざまなハッカブルなプロダクトの事例をリサーチしてみた中で、特徴的なポイントとして大きく以下の3つの価値があると考えた。

価値1:プロダクトの魅力が持続的に高まる

1つ目は、ハッカブルにすることで「持続的に魅力が高まる」ということだ。一般的にプロダクトの価値は購入時点が100%で、時間とともに劣化して魅力が徐々に失われていく。一方でハッカブルなプロダクトは購入後もユーザーが改変することで価値がアップデートされ、時には100%以上になることもある。例えばユーザーがソフトウェアを書き換え可能にすることで機能を追加したり、使い勝手を改善することができる。ハードウェアにおいてもハッカビリティが高ければ、使ってみて不具合があったところを自分で工夫して解消したり、自分で修理したりすることもできる。ユーザーが改変することによって持続的に進化するため、魅力を失わずにより長く使い続けることができるのだ。

価値2:ニッチなニーズが満たされる

2つ目は、ハッカブルにすることで「ニッチなニーズが満たされる」ことだ。一般的に、大量生産されるプロダクトは、より多くの人に好まれる最大公約数的なニーズに即して収斂されていくものだ。例えば、電子機器や自動車などの外装色は人気のある2〜3色に絞られてくる。なので、ある人が紫色がいくら好きだとしても、それが選択肢として用意されることは非常に稀だ。人の好みは千差万別であるが、よほど人気のモデルでない限り、多数のカラーバリエーションをラインナップすることはスケールメリットが得られないため実現されにくい。外観だけでなく機能も同様だ。しかし大量生産のプロダクトでも、その可変性を高めてユーザーがそれぞれのニーズや好みに合わせて改変できるようにすれば、多数派とは異なるニーズを持つ人たちも満足できるようになる。

価値3:プロダクトに対する愛着が生まれる

そして3つ目の価値は、ハックすることで「プロダクトに対する愛着が生まれる」ということだ。修理やカスタマイズなど、自分で手を加えたプロダクトに対しては、それを育てたような感覚が芽生える。また、一つ目の価値として挙げたように、魅力が持続するため、より長く使い続けることができる。ともに過ごす時間の長さもまた、愛着の醸成に寄与するだろう。ハックすることで、そのプロダクトに対するエンゲージメントがグッと高まる。大量生産のプロダクトでも、世界に一つだけの、自分にとって特別な存在になるのだ。

作り手である企業にとってのハッカビリティ

ここで挙げた3つの価値は“使い手”にとって魅力的な要素だが、見方を変えれば“作り手”である企業にとっての価値でもある。プロダクトの魅力を持続的に高めてニッチなニーズを満たすことは、顧客満足度と商品の競争力を高め、ブランド・ロイヤルティを高めることにつながるからだ。ユーザーがハックすることで新しい魅力を開拓し、一企業では実現し得なかったような大きな価値を実現できる可能性が高まる。

ハッカビリティは大量生産に起こりがちな課題を乗り越える

また、これらの3つに共通する特徴としてもうひとつ注目したいのは、いずれも大量生産のプロダクトに起こりがちな課題を乗り越えるものだということだ。プロダクトが画一的にならず柔軟に変化し、多様性がひろがっていくからこそ、これらの価値が生まれてくる。

プロダクトが多様なユーザーニーズに応えるためのアプローチという意味では「マスカスタマイゼーション」とも共通している部分がある。異なるのはカスタマイズが行われるタイミングだ。マスカスタマイゼーションは基本的には「製造時点」でのカスタマイズによってユーザーの多様なニーズを反映したプロダクトを多品種少量生産をすることだ。一方でハッカビリティは「購入後」に利用しながらユーザー自身が改変するというのがコアになる。

ハッカビリティはプロダクトの提供価値を進化させる

一般的にプロダクトが進化し市場が成熟していくと、機能や性能で差別化することが難しくなっていく。人々の求める価値はどんどん高まり、ニーズも多様化していく。そんな中で、ハッカビリティを高めることで、使う人が個々のニーズに適応させることから生まれる付加価値や、ハックしたことで生まれる感情的な価値は、ハックできない既存製品に対して強力な差別化要因になる。「モノの価値からコトの価値へ」と言われるようになって久しいが、ハッカビリティを高めることは、プロダクトが経験的価値を提供するための手段にもなりうるだろう。

ハッカビリティをデザインする

世の中には、作り手が意図したわけではなく自然とハッカビリティが高いプロダクトもある。だが、プロダクトの改変しやすさはデザイン可能なものだ。ソフトウェアもハードウェアも含め、ハッカビリティは様々なアプローチによって高めることができる。

ハッカビリティを高めるには

  • 1. Opensource:図面や作り方を公開する
    ・SDK、外装データやソースコードなどの公開
  • 2. Conectivity:他とつなげて拡張可能にする
    ・外部サービスと連携するためのAPI、外部接続端子
  • 3. Updatability:部分入替えや更新可能にする
    ・ソフトウェアの更新・書き換え、機能のモジュール化
  • 4. Affordability:手軽に入手しやすくする
    ・廉価で入手可能にする、構造をシンプルにする

ここにあげたような要素を設計時にデザインに取り入れていくことで、改変しやすさはぐっと高まり、ユーザーがプロダクトの付加価値を広げられるようになるだろう。

ハッカビリティがもたらす価値について、ここまでは大量生産されるプロダクトを中心に話しを進めてきたが、この考え方はプロダクト以外のソフトウェアやサービス、場づくり、組織のデザインなどについても同様に展開できるものだと思う。ひとがその対象をハックし、主体的にその魅力を高めていくことに関わることで、それぞれの多様なニーズがより満たされ、深いエンゲージメントが生まれる。

もし、これを読んでいるあなたが、モノやサービスや何かしらをつくることに関わっているとしたら、そこにハッカビリティという視点をとりいれるとどんなことができるか、ぜひ考えてみてほしい。ユーザーが介入する余地を残すことでその価値が広がり、もっと魅力的なものになるかもしれない。

今回はハッカビリティがもたらす価値について紹介した。ハッカビリティを高めることは、プロダクトの魅力を高め、ユーザーに深い満足感と愛着もたらす。次回はさらに、ハッカビリティがもたらす可能性として、「人とモノの関係をどう変えていくか」ということについて考えてみたいと思う。

(次回につづく)

Surface&Architecture 巾嶋良幸