最近、Fablic Sensorがすごく気になります(近々、入手予定)。センサーを使うこともずっと敷居が下がるように感じます。
概念だけが先行してるウェアラブルコンピューティングもこうなればアリかも?
最近、Fablic Sensorがすごく気になります(近々、入手予定)。センサーを使うこともずっと敷居が下がるように感じます。
概念だけが先行してるウェアラブルコンピューティングもこうなればアリかも?
Bill BuxtonのSketching User Experienceを読み始めた。(翻訳はまだ出ていない。)ここのところ、UIやインタラクションについて考えるのにやや疲れが出始めていたが、読み始めて元気になった。世の中ではインタラクションやUIが商品化・コンテンツ化しはじめていて、この流れに押されてアイディアを出しがちだ。新しさを求めてアイディアを絞ったわりには、「それって○○にあるよね」的な、既視感に襲われる。新しさの尺度が一元的で知らず知らずに?、iPhoneやPalmに寄り添っている…
Bill Buxtonは、”Design for the Wild”と呼びかけて、イヌイットが使っていた木彫りの「地図」を例に、この道具が紙の地図やPC上の地図と異なり彼らがカヤックで移動する極寒の海の上では、海に落ちても浮いるし、厚い手袋の上からでも問題なく操作ができる、実にエレガントな解決であることを説明している。”Design for the Wild”とは、道具が機能する社会的、物理的なコンテクストをよく理解したデザインであると解かれている。これまで、デザインの中でも似たようなことはさんざん言われて来たが、例示が極端だったためか非常に新鮮に感じられた。それから、この例が面白いのは、劣っていると考えられているような過去のデザインが実は視点を変えれば優れているということや、表象や記述という私たちの思考そのものを構成する要素が、現在はほとんど紙面やディスプレイなど2次元に置き換えられてしまったが、3次元の木彫りの地図のような物理的な表象が持つ可能性のようなものが感じられるところにある。(文字と思考の関係は、これがオススメ、ウォルター・J・オング「声の文化と文字の文化」 )
コンテクストを追いかけることや、過去の道具の考察、それから、物理的な表象がもつ可能性は、一元的になりがちな新しさの尺度を取り払ってくれそうだ。
以前のエントリーの「誰でもメーカー -User Generated Device」Part1に続き、日経エレクトロニクスの1000号記念特集 Part2「ハードだってオープンソース -User Generated Deviceの実現技術」を読んだ。個人レベルでのハードウェア開発を可能にする最新の技術動向や事例が広範に解説されている。現在の技術動向に関する情報ソースとして有用。
それから、オープンソースハードウェアが成立条件として、ソフトウェアのオープンソース化のアナロジーから、1)無償の設計ツール、2)安価な出力装置、3)設計データの改変や再配布の許可(ライセンス体系など)が整うこととある。特集記事にあるとおり、特に2)の安価な出力装置(3Dプリンターや切削機)の登場により、オープンソースハードウェアは浸透していくのではないかと思われる。
ユーザは何をカスタマイズするのか、に関する考察では筐体、外装、インターフェイスなど嗜好性が強いところにカスタマイズニーズがありそうだと特集では解説されている。確かに、そのとおりかも知れない。こうしたもともと「コンテンツ性」が強く、比較的技術的な専門性が低い部分がカスタマイズされていきそうだ。
一方で、こうしたプラットフォームが広がって行って、筐体や外装、インターフェイスに留まらず、これまでにない機能をもった機器が創出されたり、故障したデバイスが捨てられてしまうのではなく、モジュール化によって再利用が促進され、社会全体で廃棄されるものが少なくなるような社会になったりしないだろうか…
そう考えると、前に紹介したInformal Repair Cultureのような文化は面白く、重要に思えてくる…。
「クラウド化する世界」 ニコラス・G・カー (著), 村上 彩(翻訳)
もう随分前に購入していたものをようやく読み終えた。
印象としては、表紙の「ビジネスモデル構築の大転換」という副題よりも、もっと社会的な広い点から捉えられており、一時的に流行するビジネス書に見られるような煽る感じが無ったので、さらっと読む本として好印象。新しいテクノロジーから描かれる未来像としては悲観的な将来が描かれている。この悲観的な未来像にちょっとリアリティが感じられない部分もあった。
少し要約。
?第1章
白熱灯の発明から電力利用が普及するまでの過程では、初期、各企業は独自の発電設備を持ち、技術者を雇い、独自の電力システムを持っていることが競争力の源泉であった時代があった。その後、電力システムの標準化などから企業向けに電力を供給する企業が現れる。電力を利用する企業としては設備投資費用などのコスト削減のメリットがあり、供給側もスケールメリットを働かせた低価格の電力供給が可能となり普及して行った。大雑把にいうとそのような流れがあり、現在のIT投資も自前のシステムから、外部の専門業者の低価格なサービスを利用することにより産業全体が効率化されるという説明だった。非常に分かりやすく納得がいく。もちろん、電気と情報システムでの相違に関する説明もある。
第2章
ワールドワイド・コンピュータ(=インターネットによって相互接続されたコンピュータ全体が協調?し、1つのコンピュータのように機能する状態)がもたらす、個人、経済、文化にもたらす影響を広範なリサーチから概説している。
労働に関する問題では、「コンピュータ化は、仕事も能力もある労働者の供給を増やしつつ、その仕事への需要を縮小する」。
コンテンツのバラ売りが進み、新聞等の媒体では売れるものが記事になる。「我々は、(インターネット紙面の) ページがますます金次第となっているという事実から逃れられない」
インターネットによって、均質化が進むのではなく分裂が進む。(このなかで紹介されるトーマス・シェリングの実験はとても面白い。)「ときとして、ごくささいな動機やほんのわずかの差異が極端な分裂という結果につながる。」個人がもつささやかで自然な欲求=「近隣に少しは同じ人種の人がいて欲しい」が集積した時に、コミュニティは分裂していく…
この後、ネット上では匿名と思っていても素性が割れてしまうことや、実は関係機関により支配される可能性があること「ネットの設立原理は”支配”であって”自由”ではない。」、コンピューティングは人間の知性を超えるというような話が続く、このあたりにはあまりリアリティが感じられなかった。知性に関して、この一文は響いた。
「我々が賢いのは、我々の頭脳が常に、質問を知らなくても回答を与えてくれるからだ。我々の頭脳は計算するのではなく、辻褄を合わせているのである。」
MAKE:Japanで紹介されていた、これは面白いです。なんていうか、実世界志向インターフェイスとは反対のアプローチですね。
確かに現実世界もマウス操作できた方が便利かも?
噂を聞いて楽しみにしていた日経エレクトロニクスの1000号記念の特集記事を読んだ。「誰でもメーカー -User Generated Device」という特集。User Generated Deviceとは、ユーザー参加型の開発環境から生まれた機器で、CGMなどの流れとあわせて説明がされている。その1つの変化としてOpensource Hardwareも取り上げられていた。
なんというか、全体的に商業ベースな文脈のなかで説明され過ぎているのがちょっと残念だった。ユーザー参加型として定義されているせいもあるのだろうが、なんというか、ユーザー参加型でユーザーのニーズやアイディアを吸い上げたり、企業がユーザーの作った機器を売り買いするマーケットを運営するというような流れになっており、全体的に新しい世界観のワクワク感が弱かった…。
既存の大量消費社会の枠組みを揺さぶるようなものであって欲しい。(特集記事のなかでそのような説明もあるには、あったのだけれど。)「ものづくり革命」には、そんなワクワク感があったように記憶している…
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追伸:
小林さんのブログを読んで、この時期に2号続けて網羅しようとする特集は確かにすごいなと。? 特集 Part 2は、「ハードだってオープンソース ??User Generated Deviceの実現技術」。この号も購入しなくては。
大人の科学の次号の付録は、4ビットマイコンだそうです。
入力は、16個の16進キーと4つのファンクションキー。7セグ、LEDx7、スピーカーなどの出力。
これは、楽しみです。
もちろん、これも買いました。
J.M.アッターバックの「イノベーションダイナミクス」を読み終えた。この本の中の大切な概念である、ドミナント・デザインやプロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションについてサマライズしてしてみようかと思ったが、どうも違うことを考えはじめてしまったので、このあたりの説明は別なところにもあるので割愛。
考え始めたのは、オープンソースハードウェア的な世界のイノベーションについて。(オープンソースハードウェアの話は、「ものづくり革命」に紹介されている。 )ユーザーが必要なモノ(ハードウェア、基板も)をユーザー自身がつくることができるような時代は来るのだろうか、来るとしたら「イノベーションダイナミクス」のプロダクトイノベーションやプロセスイノベーションはどんなことになるのか。そんなことをぼんやり考えている。
これまで、オープンソースハードウェア的な世界は、切削機や3Dプリンターが低価格化して世の中に浸透していくように考えていたが、(本当のオープンソースハードウェアはこういうものが必要になるとも思うけれど)Informal Repair Cultureのようなリサーチを読むと、ある意味すでにオープンソースハードウェアだなぁと思ってしまう(下部のリンクのPPTの写真はかなりインパクトあり)。ユーザーが直接作る、という訳ではないけれど、露店で修理ができたりカスタマイズができてしまうというのは、なんというか個人単位に近い。かなりグレーなカスタマイズが行われたりするネガティブな側面もあるが、”largely convenient, efficient, fast and cheap, reducing the total cost of ownership”、”increases the lifetime of products lowering their environmental impact”という社会全体に対する利益もありそうだ。先進国ではオープンソースハードウェアはこのようなにインフォーマルな形ではじまるというのは、想像し難いが、製品のカスタマイズや修理から浸透していくというのは、あり得なくもないように思う。
企業のイノベーション(プロダクトイノベーションやプロセスイノベーション)にはどんな影響があるだろうか。
ここはどうなるのかを予測するのは、難しいけれど、ソフトウェアで起きたこと(S・ウェバー「オープンソースの成功」を参照)から類推すると、プロダクト的なイノベーションもプロセス的なイノベーションのどちらも、ネットワーク外部性により速度や質が向上するのではないかと思う(安易な類推かもしれないけれど)。ユーザー自身が生産する、ということでプロセスイノベーションの価値はこの文化のなかでは低くなるのだろうか、あるいはプロセスイノベーションによってユーザーが生産する障壁を下げコミュニティを拡大する重要なファクターとなるのだろうか。
イノベーションがどうなるのかはまったく空想の域をでないけれど、オープンソースハードウェアは 大量消費後の世界観として、かなり魅力的な世界に見えるのだが。
3/15、16とIAMASの小林茂さんを講師に迎えてワークショップを行いました。
1日目は、フィジカルコンピューティングの説明やGainerの紹介。2日目は、Gainerを使ってワークショップ参加者がそれぞれ自分の作品を作りました。小林さんの説明は非常に分かりやすかったのと、Gainerという手軽な道具のおかげで、簡単な電子回路の仕組みやコンピュータの入出力の仕組みがよく分かりました。とても、シンプルな状態で理解するというのは、その後の応用を考えるととても大切ですね。原理が理解できたというと、大げさかもしれませんが。
小林さんのご好意でスライドとサンプルコードを公開できることになりました。ありがとうございます!
サンプル(zipファイル)
2日目の作品は、こんな感じです。
小林さんのお話のなかでとても印象に残ったのは、スケッチというキーワード。2日目の作品制作をするときに、「まずは実現性は無視してプランを考えてください」という投げかけがあります。あれこれアイディアを出した後に、「その内の体験のコアとなるところをスケッチしましょう」と言われ、個人的にはなるほどと思ってしまったですが、スケッチの重要性はそこにあるのだなぁと感じました。特に機能的なモックを作る訳ではないので、重要な体験をインタラクションできるようにハードウェアでスケッチしていく、ということが大切なのだなと。
また、こんな機会を設けて行きたいと思います。(それから、短時間でまとめるというのは、妙な醍醐味がありましたね。)